定年退職までの日々(A・T)

仕事の日々

「生涯現役」という言葉は、働き盛りの頃には「死ぬまで馬車馬のように働けよ」と言われているような気がして「勘弁してくれよ」と思っていた。
その頃はとにかく仕事が忙しく、完全に忙殺されて、朝早くに乗車率200%を優に超える満員電車に揺られ、終電に間に合うかどうかのせめぎあいの最中、駅の改札目がけて小走りに足を動かして、どうにか間に合った最終電車の中で居眠りをこく、という日々の繰り返しだった。

もうやめたい。
いつかやめたい。

そんな思いが常に渦巻いていたものの、家族を養っていかねばならないという一心でがむしゃらに働いてきた。
寝る間も惜しんで働いて、趣味すら持てずにあっという間に時間だけが過ぎていった。
気付けばある程度の肩書きを会社から授かって、もう定年までカウントダウンと言えるところまで上り詰めてしまった。
会社の中でも上の方のポジションにつくと、細々とした仕事はぐっと減って、自分の時間が持てるようになってきた。

定年が目の前に

ハイキング

妻と旅行に行ったり、子どもたちの学校行事に参加したり、そんな事もできるようになり、束の間の安らぎを感じたものの、休日などは暇な時間を持て余すようになった。

「定年」という言葉が自分の意識の中でやたらと存在感を増してくると、ふと「暇だなあ」と感じた瞬間に不思議な不安が心の中に生まれた。

定年するという事はつまり、今まで毎日のほとんどの時間を費やしてきた仕事という時間がぽっかり空白になってしまうという事だ。
私は、その時間の埋め方を知らない。

妻は一体どうやって毎日を過ごしているのだろうか。
まさか家事だけで1日を潰すなどという事はなかろう。
私は思いあまって妻に自分の抱えている不安を妻に伝えてみた。定年したら毎日どう過ごしたら良いんだろう、といった具合に。
妻は「なにか趣味でも見つけて、始めてみたら?」とありきたりな答えを返してきた。
その趣味が見つからないから困っているというのに、と思いながらも、学生の頃盛んにやっていたテニスをまたやろうかと思い始めていた。

テニス?ゴルフ?

テニス

しかし、だ。
日がな1日テニスに明け暮れるわけにもいくまい。毎日ゴルフもそうだ。
週に数時間程度で十分なのだ。

他に余った膨大な時間をどのように過ごそうか。
私は漠然とした悩みと不安を抱えたまま時が過ぎるのを待つだけだった。

友人の言葉「起業!」

人生の岐路

そんなある日、昔馴染みと飲みに出かけた時に、老後はどうするか、という話題になった。
「俺はさ、定年したら起業しようと思ってるんだよね」

昔馴染みはそう言って私を驚かせた。

定年してから起業とは、また随分大きく出たものだ。

「このご時世、元手が無くたって起業できるんだ」
そう言いながら将来のビジョンを語る昔馴染みは生き生きとして、その瞳はキラキラ輝いていた。

そしてひとしきり夢を語ってから「お前も、興味あればやってみると良いよ。どうせ定年してからどうやって生きていったら良いか分からないとか言って路頭に迷っているんだろ?」と定年後の起業を勧めてきた。

図星だったのでぐうの音も出ず、しかし実際のところかなり興味が湧いてきていた私は、詳しい話を聞かせてほしいと申し出た。

どうやら、スキルを持っていれば、個人事業主として自宅で士業の起業ができるというのだ。
自宅で起業するために必要なのはパソコンのスキルやインターネットの集客ノウハウだと言うので、私はその言葉だけでのけぞってしまいそうになり、早くも出鼻をくじかれた。

ITスキルの不足

パソコンスキル

「そんなものは本でも何でも読めばすぐマスターできるさ。専門家に依頼してやってもらうという手もあるけど高いからな」
昔馴染みはそう言ったが、私は知っていた。彼は今IT業界の最先端にいるような会社でバリバリ働いている。そんな彼にとってはさぞ簡単な事であろう。しかし私にはITの知識など皆目無く、途方に暮れるしか無かった。

しかし定年してから起業というのはかなり魅力的だった。
「生涯現役」という言葉が、昔とは違い、今はただ憧れの響きになっていた。定年したからといって隠居するなんてきっと一気に老け込んでしまうだろう。
私は定年後に自分の力を生かして起業したいと本気で望むようになった。

大問題のインターネット集客に関してだけ頭を悩ませたが、そんな私に、私よりも多少はITの知識がありパソコンなどをよく使用している妻が「こんなサービスがあるって」と紹介してくれたものがあった。
それがIT活用コンサルティングというサービスだ。匠習作さんと言う技術士の起業家が、同じ起業を目指す人を応援するために始めたサービスだと言う。

エンジニア出身の方だから元々パソコンには詳しかったようだ。そこは私と大きく異なる。しかし、それでも「始めた頃は、インターネットを使って集客と言われても何をすれば良いのか分りませんでした」とご本人から伺った。

ホームページの作成やWeb集客など、全てを専門の業者に委託するととんでもないコストがかかる。しかし、匠さんのIT活用コンサルティングを上手く利用すれば、自分の力で作業しながら専門家に的確なアドバイスやレクチャーをしてもらえるというものだった。要するに教えて貰って自分の殻を破るのだ。しかも本当に難しいところはお任せでやってもらえる。私は自分の商品説明だけに注力すればよい。

出来上がった自分のホームページを起業を勧めた知人に見せたら「まさか自分で作った訳ではないよな!」と言われ、私は「外側は作って貰ったけど、中は教えて貰って自分で創り上げたよ」と言って驚かせた。

私の「定年後起業計画」に光が差し込んだ。

自分の殻を破る