はじめまして!匠習作です

よろしくお願いいたします。

当ホームページへのご訪問、誠にありがとうございます。

匠習作技術士事務所は(間もなく法人化により名称が変わります)、

中小企業、士業、個人事業の皆様を対象に、

  • ITツール活用のコンサルティングをメインとして、
  • ホームページ制作や運用、
  • コンテンツマーケティングの指導、
  • 独立開業支援等

を行っております。

「集客できる・売れるホームページなら匠習作技術士事務所」と言われるまでになり、
多くの事業者様の力添えができていることを嬉しく思います。

開業当初は、
「技術士」という国家資格の試験対策講座を運営しながら、
技術士を取得したエンジニア向けに起業コンサルティングを提供していました。

コンサルティング手法が話題になり、
次第に中小企業からもITツール活用のご相談を頂くようになりました。

経営者様とお話しをする中で、
Webサイトの制作やコスト、
運営の悩みなどを拝聴することが多くなり、
解決法をさぐって事業を軌道に乗せてきました。

経験と実績を積んだところで、ついに新しいサービスとして、
ITコンサルティングを提供することにしました。

ITツールの活用に悩みを抱える中小企業、
士業、個人事業の皆様に向けて、全力で対応させて頂く所存です。

順風満帆そうに見える私どもの事業ですが、
苦難の連続、紆余曲折ばかりです。

日々精進しなければならないと切に感じています。

お客様の難題を目にしたときは、身が引き締まる思いです。

私は数々の失敗を見て、
それらを軌道修正して、
成功の法則を蓄積してまいりました。

試行錯誤を繰り返し、お客様とともに汗をかく。

こんな私だからこそ、多くのお客様に支持されているのだと信じております。

以下、少し長いですが、当事業所代表、匠習作の起業に至る想いにお付き合いください。

匠習作

私の起業はこうして始まりました

昭和62年、工学部を卒業した私(匠習作)は、部品加工メーカーに就職しました。

零細企業のサラリーマンとして、
意気揚々と会社の門をくぐったのを覚えています。

折しも、就職した企業は商社からメーカーに転身したばかり。
技術的には誇れるモノは何もない状態でした。

今なら笑い話ですが、
入社してすぐに関数電卓で三角関数の計算を披露したことがありました。
これだけで「この人の計算能力はすごい」と言われるような会社だったのです。

零細企業ですから、人員も限られています。

そのなかで工学部出身の私は重宝されたものでした。

入社2年目となる平成元年には、
新工場を設立するためのプロジェクトリーダーに任命されました。

新工場を設立するための準備期間は2年間。

これをターニングポイントとして、私の仕事中毒が始まったのです。

部品メーカーで働いているわけですから、
機械加工や金属加工の知識は多少ついていました。

しかし、生産工場全体の計画や運営は初めての経験で、知識もありませんでした。

何としても成功したいと思っていた私は、
2年の準備期間中、毎日7時間の残業をこなしました。

通勤途中も、家に帰っても、考えることは工場のレイアウトや配置、機械の選定のことばかり。

土日も当然ながら仕事をしました。この2年間で休んだのはたった3日。

ワークライフバランス完全無視の仕事漬けの日々だったのです。

プロジェクトの成功でさらに過酷に

平成3年に新工場が完成。

プロジェクトリーダーとしては成功の太鼓判をもらいました。

一方で、仕事は落ち着くばかりか、さらに過酷になっていきました。

平日は始発、終電が当たり前。会社に泊まることも珍しくありませんでした。

土日祝日もなく、始発で出社、夜まで働きどおしました。

もちろん、元旦の初日の出は、会社の2階の窓から眺めました。

納期に間に合わなければ、
夜中だろうが早朝だろうが一切お構いなし。

とにかく仕事に没頭していたのです。

さいわい両親にもらった身体が丈夫だったせいで、
身体を壊すことはありませんでした。

また、精神的に楽観的な人間だったこともあり、
そんな状況でも仕事を楽しむ余裕さえあったのです。

この頃は、1ヵ月720時間(30日×24時間)のうち、私の労働時間は月400時間程度でした。
工場内にあった自動運転工作機械の稼働時間が同じ400時間程度でしたから、
機械と同じレベルで働いていたわけです。

マシニングセンタ加工

結婚しても変わらなかった

平成3年に新工場ができてから徐々に経営が軌道に乗り、仕事が安定していきました。

当初6名で運営していた工場ですが、
平成11年には30名程度になり規模を拡大。

そんな多忙な中でも、良縁に恵まれてこの年には結婚することができました。

しかし私の労働時間はといえば、
夜の帰りが少し早くなった程度で土日の出勤は変わりませんでした。

子どもも授かり、平成14年には2人目の子どもが生まれました。

それでも私の仕事ぶりは変化しませんでしたから、
今思えば、妻は私を責めるでもなく、
よく笑顔で見送ってくれたなと思います。

上の子は幼稚園に通っていましたが、
父親として園の行事に参加したことはありません。

子どもには
「お父さんは応援に行けないけど、おもちゃを買ってあげるから」と言って済ませていました。

仕事を理由にして、お金で解決しようとしていたのです。

強烈な虚無感

下の子が幼稚園に通い出すころには、
“お父さんは園行事に参加しない”ことが普通になっていました。

私も、子どもはおもちゃを買ってあげれば喜ぶものだと思い込んでいたのです。

ところが、その日は突然やってきました。

ある日、疲れて帰宅した私を待っていたのは、テーブルに置かれた1通の手紙でした。

運動会を翌日に迎えた下の子(当時は年長)が、私に手紙をくれたのです。

子どもの字で書かれたその手紙は、いささか読みにくく、
しかし一生懸命に書かれたものであることがすぐにわかりました。

「あしたは、さいごのうんどうかいです。おもちゃはいらないから、おうえんにきてください。」

この文面を見て、どんなに衝撃が走ったでしょうか。

一瞬、意識が遠のいたような、それでいて全身が痛い、
心が張り裂けそうな、言葉にできない感覚でした。

気づいたら、妻は黙ってこちらを見ています。

「明日は年長最後の運動会…」
「おもちゃよりも、俺に見に来てほしかったのか…」

この時ほど、強烈な虚無感に襲われたことはありません。

「自分はいったい何のために身を粉にして働いているのだろう?」

いつの間にか、一番大事なことを忘れてしまうくらい、
心身ともに忙殺されていたのです。

ーリベンジ

しばらく、妻と私と、何も言葉を発しない静かな時間が過ぎました。

時計を見たら22時頃だったと思います。

妻に「これから会社に戻る。朝までに明日の仕事を終らせて、運動会に向かうから」と言って、
会社へ再び向かいました。

納期の約束が迫っていたため、
どうしても完成させなければならなかったのです。

23時頃には会社へ着いて、我を忘れるくらい猛烈に働きました。
朝の7時に仕事は完了していました。

秋晴れのすがすがしい朝で、天気が良かったことを覚えています。

そして、わが人生で初めて、子どもの運動会へ向かったのです。

子どもの運動会

わが子が私を見つけて、手を振ってきました。

安心したような、すごく嬉しそうな顔。

応援に行って良かった…。本当に良かった。
今でも忘れられません。

自分にとって一番大切なものは「家族」。

その家族を悲しませたくない。
働き方を変えたい!

この出来事をきっかけに、私は「独立」「起業」を強く意識するようになりました。

ー決めてからは早かった

それからの私は、
「独立して自分の時間を自由に使いたい」と考えるようになりました。

考えを深めるにつれ、
思いは強く、そして強烈になっていったのです。

5年のうちに技術士の国家資格を取って、2014年に長年務めた会社を辞めました。

独立したものの、その時はすぐに失敗しています。

2014年中に医薬品プラント会社へ入り、品質保証とシステム管理を担当しました。
そこで、副業の許可をもらい、
本の執筆作業も並行して進めました。

技術士試験対策の本

そんな紆余曲折もあって、
本当に独立したといえるは2016年の春です。

副業の期間で実績を積むことができたため、
独立後はそれなりに順調です。

4年半の四半期売上げ

とはいえ、まだまだ精進が必要な身。

苦労は多いですし、
難題との格闘の日々が続いています。

それでも、事業計画を立て、
戦略を練ってこれからどうしていくかを考えると毎日ワクワクが止まりません。

お客様のために全力投球し、
ともに汗をかき、結果を出して、「あなたに頼んで良かった」とお言葉を頂く。

この上ない幸せです。

何をきっかけに起業を考えるのか、働き方を検討するか、人生を再考するかは人それぞれです。

私の場合、もしあの日子どもが手紙をくれなかったら、
今でも会社中毒の状態で仕事をしていたかもしれません。

今のような温かい家庭が築けたかどうかも定かではありません。

コネも取引先もない状態から、不安いっぱいの中でたった一人で起業しましたが、
失敗と成功を積み重ねて、徐々に生計を立てることができるようになりました。

月日を重ね、余裕をもって経営できるに至っています。

だからこそ、「あのとき起業して良かった」と心底思えるのです。

これからも、多くの方と出会い、
ときにビジネスを、ときに人生を変えるお手伝いをさせていただく。
私はこんな仕事を心から愛し、誇りに思っています。

こんな私にだからこそ、どんな些細なことでも相談してください。

匠習作技術士事務所は、“気軽な相談”こそ成功のきっかけだと考えています。
安心のサポート体制をご用意し、最後までしっかり二人三脚で進んでいきますので、

途中で挫折したり、諦めたりすることなく、ゴールを目指すことができます。

気軽な相談で、ビジネスも、人生も変わるかもしれません。
あなたに、成功のきっかけをつかんでほしい!

いつでもご連絡をお待ちしております。